Deep nature/旅は地球の果てへ

旅のエピソード…1


はじめてのアラスカ、オーロラの記憶


キワモノ好きの僕としては、
まず、東京にあるアラスカ州観光局を訪ねることにした。
以前、初めてアメリカを旅するときも、この方法で情報を入手した。
いま思えば、当時はまだ、旅の計画づくりに熱心だったのだ。

それはビルの4階にあった。
「どこの旅行会社からですか、それともテレビ局?」
「いえ、個人旅行です」
個人の立場で、このようなところを訪れる人はめずらしいのだろう。
「オーロラを見たい、宿を探したい」
目的はシンプルだ。
担当者は嫌な顔ひとつせず、いくつかのファイルを出してきた。
地球上でオーロラを見るのにふさわしいエリアを解説し、
一般人として入りやすいのはアラスカの真ん中、フェアバンクスであるという。
宿の種類は、ホテル、モテル、B&B……。
そしてそれらのリストを手渡してくれた。

さらに、彼女が最近行ってきたという旅の記録写真も見せてくれた。
アラスカのほぼ真ん中、第2の都市、Fairbanks。
以降、何度も通うことになる街。
その街から車で1時間、広野の1軒宿をめざす事に決まった。
理由はシンプル。
アメリカの中でも物価の高いアラスカにあって格段に安い。
25$/room。
その名はF.E.OLD GOLD CAMP。
もともと金鉱堀り労働者の宿舎だったという、
幽霊の出そうな雰囲気……、
オーナーがサンタクロースに似てヒゲモジャで……、
とかいった事前情報に胸躍らせた……。

AIRは真夜中、23時58分着。
当時は、まだインターネットなんて便利なものなかった。
電話で話すというほど英会話の自信もなかった。
おそらくはじめての、恐る恐るの国際電話。
「ミッドナイトに着く。空港まで迎えに来てほしい……」

飛行機は、定刻通り雪の空港に降りたった。
赤い照明に照らされた小さく簡素な到着ロビー。
荷物が出てくる間に、ロビーの人の群れ中にサンタクロースの姿を捜した。

サンタは、約束通り迎えに来てくれていた。
ヒゲ面の大男、体に似合わず優しい目つき、ひとまず安心。
「車は空港出口に止めてある」というので、
一行4人、一応、用意した防寒具に着替えて到着ゲートのドアを開けた。
瞬間、ブオーっと猛吹雪におそわれた。
その冷たさに驚いた。
死ぬかと思った。
全身の筋肉が張りつめた。
この旅、これから先どうなるか。
果たして生きて帰れるだろうか。

頭の天辺からつま先まで、一気に不安が駆け巡った。
急いで荷物を積み込み、車に飛び乗りドアを閉める。
車の室内はドライアイス状態、何もかもメチャ冷!
ファンの音だけ一人前の、
暖房のまるで利かないオンボロミニバン。
ヒゲサンタといえば、気にする様子もみせず凍った道をブッ飛ばす。
助手席で震えながらも、
気を取り直し、平静を装って、
会話の糸口を探した。

「我々のこの旅の目的はオーロラだ」
ハンドルを握るヒゲサンタは、無表情に暗い空を指さした。
「ホラ、アソコ!」
よく見ると、夜空にほんのり一塊の雲が見えた。
「アレダ、よく見ろ!」
「ただの雲じゃないか」
「そう、あの雲みたいなのがオーロラである」
「あれが、時々カーテン状に光り出す」という。
「ウッソー!」このハナクソサンタめ!

「途中にオーロラポイントがあるから寄っていこうか?」
「こんな真夜中に?」
「友達の別荘だ……」
まっ暗闇の州道、フェアバンクスのダウンタウンを出てからは
ヘッドライトに照らされる変哲もないただの雪道。
時折、家影らしきものが表れては消えていく。
何の表示もない2差路で、車は脇道に入った。
そこが舗装されてないラフロードであることは、車の振動で想像できた。

目的の別荘とやらは、クリアリーサミットという峠の頂点にあった。
室内に入ると、赤い豆電球ほどの照明といえない明かりで、
目先の人の顔さえ見分けられないほど暗い。
大きく並んだガラス窓から、遠くアラスカの大平原らしき黒い地平線と、
オーロラだと教えられたいくつかの雲が見えた。

「光った!」と旅仲間。
よく見ると、雲の下辺がかすかに光っている。
その光りは、ゆっくり踊るように動いてるようだった。
しかし、写真などで見るオーロラとは雲泥の差だ。
1時間、2時間、そのショボい光りに変化はなかった。
「カエロー!」といってハナクソサンタに親指でサインした。
メインイベントのない舞台には飽きた。
早くベットに滑り込みたかった。
東京を出てから、シアトル経由で約20時間も寝てない。
眠気が、思い出したように湧いてきた。
車は、さっきまで眺めてた大平原に向かって、
まっ暗な雪道を走り出した。

「ストッ〜プ!オーロラだ!!!」
後部シートに座ってた仲間が、突然叫んだ。
助手席の僕も空を見上げた。
さっきまでまっ暗だった空、その一面、絵に描いたようなオーロラがたなびく!
でっか〜いカーテン!
全員、転げ落ちるように車から飛び出した。
感動だった。
言葉がなかった。
寒さなんか感じなかった。
しばし見とれた。

「明日から、毎日見られるさ」
「今夜は早く寝よう」
ということで、再度、車へ。
後にして思えば、もっと堪能すべきだったのだが……。
フロントガラスを通して、
アラスカの大地が広がり、
頭上には、オーロラのカーテンが舞っていた。

やがて、ひなびたネオンサインが見えてきた。
それは暗い雪景色には似合わなかった。
場末の、客の来ないバーみたいだった。
それが宿の入口。
風除室を入るとすぐ、奇妙な服を着た女のマネキンが立ってる。
歓迎の意味なのかも知れないが、一瞬、背筋がゾッーとする。
訳のわからんガラクタが所狭しとおかれてる。
古めかしい。
薄暗い。
東京のアラスカ政府観光局で聞いた「幽霊屋敷」の表現は的確だった。
奥のレストランには、長イス、長テーブルが無造作に並んでる。
真夜中のアラスカ、大平原の真っ只中の1軒宿。

食事はウマかった。
何をオーダーしてもハズレがない。
以降毎日毎食、メニューを無視した身勝手なオーダーも快く聞いてくれた。
夜更かし、朝寝坊、銃を撃たせろ、犬ぞり乗りたい、スノーモービル貸せ……。
言いたい放題の要求に、真面目に応えてくれた。
このF.E.OLD GOLD CAMPは
それ以降、僕らの伝説の地となった。

2年後、旅の途中に再び立ち寄った。
入口のマネキンは、もうなかった。
中は小ギレイに整理されていた。
レストランは日本人観光客であふれてた。
僕らの泊まった半年後、
あの愛すべきオーナーたちは強制立ち退きにあったという。
銃撃戦までした後、日本人オーナーの手に渡ったと聞かされた。

ところでオーロラ。
アラスカの、旅の初日に見たあのオーロラは、
地元に人でさえ、話の種となったほどだった。
初めて見た我々は、その希少価値を知らなかった。
アレをもう一度……。
その願いを叶えるために、
以降7回も、厳寒のアラスカへ通うこととなった。


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