Deep nature/旅は地球の果てへ

旅のエピソード…3


カナダ最北ノース・ウエスト・テリトリース

  

カナダ最北ノース・ウエスト・テリトリースは、もはや州でもない。
64のコミュニティ、つまり部落しかない広大な土地。
その中心となる街、グレート・スレーブ湖のほとり、イエローナイフ。
-43度。旅史上最低気温。
氷結した湖に道ができ、標識が立つところ。

泊まっているB&Bの隣りに、みやげもの屋があった。
こんなとこ誰も来やしない、と思えるほどなのに。
極北では、何もすることがない。
我ら一行4人は、その店に通うことが日課になった。
値切るだけ値切って、なにも買わずに遊ばせてもらってた。
そんな僕らに、ジョークを返してくる気のいいオヤジ。

その日も、恒例の挨拶詣で。
我らが日本語で話してた「オーロラ」という言葉に気づいたのか、
「オレの趣味は写真でね、ほら、そこにある写真はオレが撮ったヤツさ」
とかいって、自慢のオーロラ写真を見せびらかす。
「オーロラ撮るには、ペンタックスがベストだぜ!カメラは日本製に限る!」
「……」
「フィルムは、絞りは、露光は……」
と、一席ぶった後で、
「ところでアンタら、オレの別荘に行ってみないか?」
「湖の畔だが、いまは凍りついて廻りには何もないから、
オーロラ撮るにはもってこいだ!」
「ここから車で、たった1時間!」
そんなこと言われても、確かに興味アリだが、甘えてよいものかと躊躇……。
彼は、さらに続けた。
「オマエらのBBの夕食は、6時だ」
「今夜7時にココに来い!」
「オレが案内してやる!」
と、強引に決めつけてしまう。
僻地にあればあるほど、人はお節介になる、とは僻地旅好きな僕の新格言。

夕食を終え、完全武装(防寒)した我らは、
キッチリ約束の7時に店の前に立った。
ドアにはCLOSEDのサインがあり、店の明かりは消えていた。
「チキショウ!あのクソオヤジ!ウソつきやがって!」
でも、もしかするとと、一応ノック。
クソオヤジは、すぐに出てきた。
僻地にあればあるほど、人は正直になる、とは僻地旅好きな僕の第2の格言。
「チョット待て!」
「いま息子が帰ってくる」
「戻った車で、オマエらを先導する……」
裏庭にエンジン音が聞こえたと思うと、
手際よく戸じまいをはじめ、
「ついてこ〜い!」と言い残し、
車2台の遠征隊はスタートした。

道を左に折れると、雪に埋もれた白い林道が始まった。
一軒の家も見えない。
何もない、真っ暗な、曲がりくねった、凍りついた道を、
雪吹雪を飛び散らかし、先導者はバンバン飛ばす。
スリップしないかと、必死にハンドルを握るが、
とてもついていける速度じゃない。
途中、いくつかの、何もない道の分岐点で、
彼はタバコをくわえて待っていた。

ブレーキランプが光り、車が止まった。
周囲を見渡すと、何の変哲もない場所。
GPSでもなければ、2度と来られない。
雪で埋もれた脇道に入る。
その奥に、彼の別荘は建っていた。
別荘というより、こぢんまりした小屋。
夏の間、フィッシング用の遊び小屋だという。

ガンガンガ〜ン!
すべてが凍りついている。
ドアが壊れるように開いた。
家の中は、まっ暗。
オヤジが、マッチを擦る。
小さな炎が、壁を照らす。
その壁には電灯らしきものがあった。
オヤジは、その器具のカバーを外す。
根本のコックをひねる。
電灯に火がつく。
ガス灯……。
こんな僻地に電線は来てるはずがない。
考えてみれば当然のこと。

床に置かれた大きな箱。
その中には、斧割りの大きな薪が山と積まれてた。
斧を取り出し、その薪の山に向かって振り下ろす。
ガンガンガ〜ン。
凍りついた薪の山が崩れる。
手荒らに、ストーブに投げ込む。
ガソリンをぶっかける。
マッチを投げ込む。
極北の男たちは荒強い。
小国、日本男子は、ただただボーゼンと眺めるばかり。

部屋に灯りがつき、ストーブの火が赤く燃え上がると、
やっと自分の周囲が見えてきた。
イスも、テーブルも、壁も、床も、すべてが冷凍保存だ。
一段落した彼は、ポケットからトランプを取り出した。
手袋を外し、かじかむ手先を息で暖めながら、
余裕の手品を見せてくれる。
ストーブの火が灯りとなって、部屋の壁に我らの人影を描いた。
メチャクチャ寒いが、その光景は暖かかった。

コーヒーが沸く。
キッチンでカップとスプーンが用意され、
我らそれぞれに注いでくれた。
極寒の、この状況でできる最大のもてなし!
拍手喝采!
オッと!コートの裾で、テーブルのカップを倒してしまった。
こぼれたコーヒーは、瞬間、テーブルの表面で凍りついた。

「じゃ、オレは帰るから……」
「エッ!」
「ガス灯だけ消してくれれば、後はノープロブレム!」
「ノーノー!そっちがノープロブレムでも、こっちはビッグプロブレムだ!」
「だってだって、この寒さだ、死んじゃうじゃない!」
「薪は2〜3日分あるし、泊まってくれてかまわない」
「帰り道だって分からないじゃない!」
「1本道さ!」
「ウソ言え!」
「ほんじゃま」
と、笑いながら、さっさと車に乗って帰ってしまった。

とんでもサバイバル!生か死か!
まずは車だ。
車がなければ、八甲田山、死の行軍!
まずエンジンをかけ、そのままアイドリング状態にする。
ガソリンは充分。
しかし、4WD8気筒のアメ車は、大食いに決まってる。
夜明けまで、ガソリンはもたないだろう。
ふと見上げると「オオッ!オーロラの大群!」
いく筋もの光りが、天を舞う。
1本が消えて、また新たな1本が光りはじめる。
カナダ最北の地は「オーロラの巣」であった。

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