Deep nature/旅は地球の果てへ

旅のエピソード…2


人口1人の島の夜の出来事

    

マニラ空港から1時間。
20人乗りの小型飛行機はカラミアン諸島の上空に入った。
見馴れた深いブルーの海。
その所々に、サンゴ礁特有のエメラルドグリーンに縁どられた島々が点在する。
まもなく機体はブスアンガ島、その上空を旋回する。
高度が下がる。
ジャングルというほど密集してない、まばらに生えた木々。
まもなく、前方に赤土の一文字の跡が見えてくる。
機体はその跡へ向かって降下を続けている。

「あれが滑走路……?」
ドンーン、窓の外に赤い粉塵が舞いあがった。
石ころとペンペン草の生える滑走路に着陸した。
簡素なターミナルに、機体は横付けされた。
屋根だけのその建物には、
折り返し便でマニラへ向かう乗客たちが、長ベンチで搭乗を待っていた。
建物の外に目を向けると、お土産屋らしき仮設小屋があり、
その横に、多分、我々をこの島の中心地へ運んでくれるだろうジープニーが2台止まっていた。
それ以外には、ただ草木がなびくだけだった。

荷物はリヤカーで運ばれてきた。
ほかには白人の3人連れとカップル、地元民らしき1人の男、
そして空港関係者らしき5人。
全員が乗り込むと、
ジープニーはその草原のデコボコ道をゆっくり走り始めた。

草原は牧場だった。
牛の群れが道路をふさいだ。
インディ・ジョーンズの映画を思わせるような光景に、
この旅への期待と不安が交錯する。
車は小高い山の登り坂にかかる。
ドライバーは落ち着いてギアを落とす、また落とす。
車体は、止まりそうなほどゆっくりと揺れる。
エンジンが唸る。

家々が建ち並び、バイクが走り、子供たちが遊ぶ、人々の暮らしが見え始めた。
デコボコ道を約1時間、ジープニーは小さな港の集落に入った。
桟橋の手前に人々のにぎわうマーケットがあった。
「ココだ、降りろ!」
若いドライバーが声をあげる。
「1人200ペソ!」
助手席に座っていた若い女が言う。
「……?」
「空港からココまでの運賃……」
高い!機外サービス=タダじゃないのか!
と思いつつも他に選択肢はなかった。

マーケットの周囲は家々が密集していた。
海に杭を打ち、その上に家々は建っていた。
宿も同様であった。
オーナーは初老の英国人だった。
「オレはラッキーだ、嫁さんはまだ若いし……」
脇には、生まれて間もない赤ちゃんを抱いたフィリピーナが立っていた。

ブスアンガ島に入って1週間。
本島にほど近い小島の1軒宿にいた。
同宿していた英国人カップルと結束し、
チャーターボート代をシェアして周辺の島々を巡った。
海はあくまで碧く、鏡のような海に波はなく、
水平線にはポコポコと真綿のような雲が浮かんでいる。

草野球場くらいの、ちっぽけな無人島で昼食をとった。
シュノーケルをつけて海中を散歩する。
様々な色のサンゴ礁、魚たち、存在感のないほどの透明さ。
「あなたの夢は?」と聞かれたら、
「こんな小島で暮らすこと」と躊躇なく答えただろう。
その小島から約1.5kmほど離れたもうひとつの小島に上陸。
これらの小島は双子のようにソックリだ。

中年の男と2人の若者が我々のボートを迎えた。
中年の男は英語を解した。
彼は本島に住むこの島のオーナーであり、
2人の若者はボートマンとこの島の管理人だという。
木陰越しに小屋があった。
中年の男に了解をとって、その小屋の中を覗く。
人の住んでいる様子はないが、イス、テーブル、ベッドなど、
一通りの調度品が揃っている。
少し離れて、もうひとつの小屋が、さらに奥には少し大きめの小屋があった。
これら3軒の小屋が、この島のすべてだ。
周囲は真白い砂浜、そしてサンゴ礁。
「ココだ!こんな島が理想的だ」
胸の高鳴りを抑えながら英語でどう切り出すかを考えながら男たちのいる浜へ戻る。

「ところで、あの小屋は?」
交渉はすぐに成立した。
一番奥の小屋は管理人棟であり、小さな2軒はレンタル用だという。
「ところで、我らは2週間以上、気に入れば1ヶ月間くらい滞在したい、
そこで、水と食料が問題だが?」
「ノープロブレム、ボートマンに頼めば買ってきてくれる」
「了解。では明日からあの小屋を借りよう……」

翌日、荷物を持って再びその小島へ渡る。
昨日のボートマンの舟もほとんど同時に着いた。
頼んでおいた食料品を本島から買ってきたのだ。
荷を降ろし、早速頼んだ食料をチェックする。
過去の経験から、南の島には結構いい加減な人物が多い。
しかし、買い漏らしはなかった。
その上、手書きながらも、ちぎった紙切れに稚拙なメモのような
手書きのレシートさえもらってきたのには驚かされた。
そんな近代的商取引を知っているとは……。
以降、英語を解さないこのボートマンが我らの命綱となった。
彼が本島へ帰るときに買い物リストとお金を渡す。
リストといっても、文字は不可。
下手な絵を書いて渡す。
2〜3日後、オーダーした食料と手書きのレシートが手元に届く。
パン、コーヒー、バター、卵、キャベツ、ジャガイモ、インスタントラーメン、
コンビーフ、塩、砂糖、オイル、ビール。
本島で入手できるもののすべてだ。
そして釣りあげた魚、それらが以降30日間の食材のすべてだった。

ヤシの葉を編んだ屋根、壁と床はバンブーの薄割り材、
チョット高床式の、日本的に言うところの2LDK一軒屋。
LPガスのキチン、リビング、1人用と2人用の2ベッドルーム、
3方向を砂浜に囲まれ、その向こうには海が見える。
違う方向から、違うタイミングで波の音が聞こえる。
風の強い夜などは、うるさくて眠れないほどだ。

ある夜、床下の音で目が覚めた。
バタン……。バタン……。
4〜5回ずつ、時間をおいて。
人がいるはずはない。
危害もなさそうだ。
しばしその不可解な音を聞きながら分析……。
「そうだ!ウミガメ!!!」
だとしたら、産卵!!!
だとしたら、穴を掘り終わるまで待たねば。

音がとぎれた頃合いを見計らい、
懐中電灯とカメラを手に静かに外へ出る。
そっと床下を覗く。
ライトを照らすと、そこにはまさしくウミガメ!
瞬間、ウミガメはビックリしてこちらを見た。
「バタバタ、バタバタ……」
あわててこっちへ向けて歩きはじめる。
シマッタ!まだ産卵が始まってなかった。
床下から姿を現す、体長1m以上。
1歩、1歩、というより、ヨッコラ、ヨッコラ。
僕の足下を通り過ぎて海へ向かう。
明かりを照らし、波間の中へ姿が消えるまで見送る。

悪いことをしてしまった。
もう少し待つべきだった。
はじめての経験だから、そのタイミングが解らなかった。
オシッコ出そうとした瞬間に、止めさせたようなものだった。
「ゴメン!ウミガメくん」


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